尾張藩付家老成瀬家ー犬山城

詳しくは下記の解説と関連映像(解説下)をご覧ください

国宝犬山城

国宝犬山城

犬山城は豊臣秀吉が生まれた天文6年(1537)、織田信長の叔父である織田信康によって創建された、現存する日本最古の木造天守閣です。尾張(愛知県)と美濃(岐阜県)の国境に位置するため、戦国時代を通じて国盗りの要所となり、城主はめまぐるしく変わりました。小牧・長久手の合戦(1584)では、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が12万人の大軍を率いてこの城に入城し、小牧山城に陣取る徳川家康と生涯唯一の直接対決をしました。
江戸時代に入ると、尾張藩付家老の成瀬正成が城主となり、幕末まで続きましたが、明治維新による廃藩置県のため、この城は愛知県所有と なりました。しかし、明治24年の濃尾地震で半壊し、その修復を条件に城は再び成瀬家の所有となり、平成16年に財団法人に移管するまで日本で唯一、個人所有の城でした。(犬山観光情報より)

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犬山祭

国宝犬山城

寛永12年(1635)に始まる針綱神社の祭礼で、4月の第1土日曜に行われます。愛知県の有形民俗文化財に指定されている3層の車山が13台くり出し、笛、太鼓に合わせカラクリ人形を披露。夜は、各車山に365個もの提灯がともされ、満開の桜並木の本町通をぬって練り歩くさまは、豪華絢爛、まるで錦絵を見るようです。(犬山観光情報より)

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木曽川うかい

木曽川昼うかい

鵜飼は、鵜飼舟に乗った鵜匠が鵜(海鳥の一種)を訓練し、川魚を捕らせる古代漁法です。鵜飼舟にはそれぞれ鵜匠と船頭が乗り込みます。1人の鵜匠が操る鵜は10羽。首に手縄をつけ、鵜匠の巧みな手縄さばきに促され、鵜たちは水中へ潜り、鮎をはじめとする川魚を捕らえます。鵜が魚を捕まえて水面に上がってくると、鵜匠は手縄を引っ張り、鵜が捕らえた魚をはき出させ、それを何度も繰り返すことで漁を行います。「ホーウホーウ」と威勢のよい鵜匠のかけ声、水中と鵜匠の手元を何度でも行き来する鵜。ライトアップされた国宝犬山城を背景に、1300年もの伝統を誇る、幻想的な歴史絵巻が目の前でくり広げられます。(犬山観光情報より)

旧磯部邸(登録有形文化財)

旧磯部邸

江戸期の建築様式を持つ木造家屋。主屋は幕末に建てられたと伝わっています。緩やかなふくらみのある「起り屋根(むくりやね)」は犬山市内の町家で唯一現存しており、正面は2階建て、裏は平屋の「バンコ二階」と呼ばれる造りになっています。国宝犬山城大手門から延びる本町筋にあり、江戸期から呉服商を営んできました。敷地は間口が狭く、奥行きが広い「ウナギの寝床」のようで、中庭、裏座敷、土蔵などもあります。(犬山観光情報より)

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国宝茶室如庵

国宝茶室如庵

如庵は、茶の湯の創世期に尾張の国が生んだ大茶匠・織田有楽斎が建てた茶室で、昭和11年(1936)に国宝の指定をうけた茶道文化史上貴重な遺構です。京都山崎妙喜庵内の待庵、大徳寺龍光院内の密庵とともに、現存する国宝茶席3名席の1つです。織田有楽斎は信長の実弟として天文16年に生まれました。波瀾に富んだ人生を送った有楽の生涯を写すがごとく茶室如庵は各地を点々としましたが、昭和47年に犬山城下の佳境の地に移築され、庭園を含め「有楽苑」と名付けられました。(犬山観光情報より)

外部リンク-国宝茶室如庵[Network2010]


外部リンク-犬山観光情報


掲載映像

①犬山城[犬山観光協会] (2min09sec)

②犬山祭[犬山観光協会](2min30sec)

③木曽川うかい[犬山観光協会](1min33sec)

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