御三家が揃う 名古屋城梅まつり

徳川御三家-名古屋城に勢揃い

名古屋城梅まつり開催中の、2014年2月21日~23日の三日間、徳川御三家に縁の深い、和歌山市(紀州藩)、水戸市(水戸藩)、徳川美術館(尾張藩)の職員が、名古屋城西之丸に勢揃いして、観光PRや特産品販売などを行いました。武者姿の徳川美術館関係者が、場の雰囲気を盛り上げ、また、この機会をきっかけになって、今後も交流の輪が広がることを期待されています。


詳しくは下記の解説と関連映像(解説下)をご覧ください

和歌山市の紹介

和歌山城

中世の和歌山は、「雑賀孫市」のふるさとです。城下町が開かれる以前の現在の市街地が、 雑賀と呼ばれていました。しかし、自由な雑賀の人々も天正13年(1585)に全国制覇を目指す 豊臣秀吉に征服されます。秀吉は、この地を支配するために和歌山城を築きます。 関ケ原合戦後浅野家が紀州に入国し、豊臣家滅亡後の元和5年(1619)には、 徳川家康の第10子徳川頼宣が55万5千石を領して和歌山城に入ります。以後、和歌山の町は、 江戸幕府御三家の紀州徳川家の城下町として栄えます。 町は、城を中心に広がり、かつて雑賀と呼ばれた地には、新しい町名が付けられました。 街には「大水道」と呼ばれる下水道設備が完備しており、紀州徳川家55万5千石の富みが 集積されていました。江戸後期には約9万人の人口を擁する全国8位の近世都市でした。 この街からは、文人画の祖・祇園南海、国学の泰斗本居宣長をはじめとする近世文化を リードした 多くの文化人も輩出しました。 (和歌山市HPより抜粋)

和歌山市の紹介

偕楽園

中尾張、紀州とならび徳川御三家のひとつ水戸藩のあった水戸市には、徳川家ゆかりの史跡が、 集積しています。 『礼記』の言葉「一張一弛」(いっちょういっし・張り詰めることと緩めること)に基づき、弘道館(文武に気を張るところ)と偕楽園(気持ちを緩めて楽しむところ)はセットで整備されました。明治時代も、その経緯により、偕楽園を「常盤第一公園」、弘道館を「常盤第二公園」と呼んでいました。金沢の兼六園・岡山の後楽園とともに日本三名園のひとつに数えられる偕楽園は、水戸藩第9代藩主徳川斉昭公により天保13年(1842)に造営された名園。四季折々の風情を楽しむことができるスポットです。水戸藩の藩校として、創設された弘道館は、当時の藩校としては国内最大規模のもの、梅の名所にもなっています。その他、城跡周辺には、東照宮、水戸城薬医門、備前堀などがあり散策を楽しめます。千波湖は、偕楽園に隣接するヒョウタンの形をした湖。市民の憩いの場となっています。

徳川美術館の紹介

偕楽園

徳川美術館は、侯爵徳川義親の寄附により昭和6年(1931)に創立された公益財団法人徳川黎明会が運営する私立美術館で、昭和10年に開館しました。 総石高61万9500石を領し御三家筆頭であった尾張徳川家の歴代相伝の重宝、いわゆる「大名道具」を収め、しかもその後、徳川宗家(将軍家)や紀州徳川家、一橋徳川家、蜂須賀家などの大大名の売立重宝の一部を購入し、岡谷家・高松家をはじめさまざまな篤志家の寄贈品をも収めてさらに充実し、戦中戦後の災難混乱を免れて現在に至っています。収蔵品は徳川家康の遺品を中心に、初代義直(家康九男)以下代々の遺愛品や、その家族が実際に使用した物ばかり1万件余りにおよびます。(徳川美術館HPより抜粋)

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掲載映像

①徳川御三家-名古屋城に勢揃い(1min53sec)

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