本丸御殿復元へ その2

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本丸御殿復元へ!

近世城郭御殿の最高傑作といわれた名古屋城本丸御殿は、 藩主の居住する御殿として築城とともに建設されました。 その後、将軍の上洛時の御成専用となり、二之丸御殿が 新たに二之丸に新築されました。
明治時代の中頃には、陸軍省から宮内省に移管され、 名古屋離宮となり、昭和5年(1930)に宮内省から名古屋市に 下賜され市民に公開されるようになりました。 残念ながら太平洋戦争末期の昭和20年(1945)5月14日の 名古屋空襲により天守閣とともに焼失してしまいました。
天守閣は、昭和34年(1959)に再建されましたが、本丸御殿は 長らく礎石のみ残る状態がつづきました。 平成時代に入って市民団体の復元への声を高まり、平成20年(2008)に 復元工事が着工されました。 全体の公開は、平成30年(2018)の予定です。

詳しくは下記の解説と関連映像(解説下)をご覧ください

本丸御殿復元の足跡

復元工事着工記念式典

地階

名古屋城本丸御殿の復元工事着工記念式典が2009年(平成21年)1月19日におこなわれ、 かしも石場挽搗き(いしばづき)保存会の手によって、新築を祝う伝統的な行事 石場挽搗き(いしばづき)が、市民も参加して行われた後、城内で記念式典や 餅投げなどが行われ本丸御殿復元へのスタートが切られました。

基礎工事・素屋根の建設

地階

2009年春から夏にかけての基礎工事のあと、工事現場を覆う素屋根の建設が行われ 秋ころに完成、本格的に第1期工事の玄関・表書院の建設が進められることになりました。

玄関部分の建設

地階

2010年(平成22年)に入り、玄関部分の工事に着手、9月に入ると躯体工事も完成し 平行して、内部の造作も進められました。

本丸御殿玄関復元過程特別公開

地階

2010年(平成22年)の10月には、名古屋開府400年を記念して本丸御殿玄関復元過程特別公開が 行われ、障壁画の模写が玄関二之間の壁にはめ込まれて多くの見学でにぎわいました。

本丸御殿上棟記念式典

地階

2011年(平成23年)を迎えると名古屋城本丸御殿最大の広さを持つ表書院の建設に着工が始まり、 2011年7月12日には、上棟を記念した式典が行われました。 式典では、運びこまれた棟木を 表書院へと運び込む「棟木納め」、棟木に結んだ綱を引いて 棟木を棟の位置まで持ち上げる儀式「曳綱(ひきつな)」、棟木を固定するため棟木を土で 打ちつける儀式「槌打(つちうち)」が執りおこなわれました。 平成の市民普請にふさわしく、 「曳綱(ひきつな)」儀式では観覧していた市民にも綱が伸ばされ、市長ら登壇者の音頭に 合わせて綱を曳きました。

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掲載映像の紹介

①本丸御殿復元へNo2(3min47sec)

2009年1月に本丸御殿の復元工事着工記念式典が名古屋場内でおこなわれ、名古屋開府400年 にあたる2010年10月には、玄関の復元工事の一部が一般に公開されました。2011年7月には、 名古屋城本丸御殿上棟記念式典がおこなわれました。着工から上棟記念式典までを映像で 紹介しています。

②名古屋城 本丸御殿上棟記念式典2011年7月(2min22sec)

2011年7月におこなわれた、名古屋城本丸御殿上棟記念式典の紹介映像。平針木遣り保存会による 棟木の木曳き、棟木納めのあと、市長も参加して曳綱の行事が行われました。神官による槌打で行事が 締めくくられました。

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