本丸御殿復元へ その1

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本丸御殿復元へ!

近世城郭御殿の最高傑作といわれた名古屋城本丸御殿は、 藩主の居住する御殿として築城とともに建設されました。 その後、将軍の上洛時の御成専用となり、二之丸御殿が 新たに二之丸に新築されました。

明治時代の中頃には、陸軍省から宮内省に移管され、 名古屋離宮となり、昭和5年(1930)に宮内省から名古屋市に 下賜され市民に公開されるようになりました。 残念ながら太平洋戦争末期の昭和20年(1945)5月14日の 名古屋空襲により天守閣とともに焼失してしまいました。

天守閣は、昭和34年(1959)に再建されましたが、本丸御殿は 長らく礎石のみ残る状態がつづきました。 平成に入り市民団体らの活動による復元への声を高まりを受け、平成20年(2008)に 復元工事が着工されました。

第一期工事部分である玄関・表書院は平成25年(2013)5月29日より一般公開されています。全体の完成・公開は、平成30年(2018)の予定です。

詳しくは下記の解説と関連映像(解説下)をご覧ください


近世城郭御殿の最高傑作

完成イメージ

かつて名古屋城の本丸には、天守閣の南側に本丸御殿がありました。 この本丸御殿は、近世城郭御殿の最高傑作と言われ国宝に指定されていた建物で、 現在、国宝になっている京都二条城の二の丸御殿と並ぶ武家風書院造の双璧と言われていました

本丸御殿焼失

焼失前の名古屋城

勇壮な天守閣と優美な御殿が並び建つことで、名古屋城は城郭建築としての風格を形成しており、 1930年(昭和5年)に国宝に指定されましたが、1945年(昭和20年)5月、空襲により天守閣、 本丸御殿ともに焼失してしまいました。

本丸御殿復元へ!

本丸御殿復元へ!

戦後の復興にともない、1959年(昭和34年)に天守閣は再建されました。本丸御殿についても、 江戸時代の文献のほか、多くの写真、実測図が残されており、在りし日の姿を忠実に蘇らせることが 可能です。2009年1月19日には本丸御殿復元工事着工記念式典が行われ、現在、玄関・表書院が完成 公開され、第二期工事が進行中です。

障壁画の模写

障壁画の模写

狩野派の絵師たちが、全精力を注いで描いた障壁画。その美と色彩感覚を現代によみがえらせるため、 1992年(平成4年)より、本格的な復元模写が進められています。忠実に復元するためには、当時の絵師が使っていた 素材や技法を用いなければならず、そのため顕微鏡やコンピュータ、史料などで研究・分析。 ミクロ単位の観察をもとに緻密な作業が行われ、江戸時代の絵師たちの感性とダイナミズムの再生に 挑み続けています。

本丸御殿の復元計画

復元方針

かつて名古屋城の本丸には、天守閣の南側に本丸御殿がありました。 この本丸御殿は、近世城郭御殿の最高傑作と言われ国宝に指定されていた建物で、 現在、国宝になっている京都二条城の二の丸御殿と並ぶ武家風書院造の双璧と言われていました。

復元手法

焼失前の本丸御殿と同等の歴史的文化的価値を有する建物を再現するよう、原則として旧来の材料・工法による、 旧状再現を図るものとします。なお、現代の技術や生産事情、活用方法や維持管理も考慮して取り組みます。

復元時代設定

将軍の上洛に伴う上洛殿が増築されることにより本丸御殿の格式が最も高まった寛永期(1624-1644)とします。

建築概要

構造・階数 木造平屋建(書院造)

延べ面積 約3,100平方メートル

建築面積 約3,600平方メートル

スケジュール

平成25年度 玄関・表書院等公開

平成28年度 対面所等公開

平成29年度 復元工事完了

平成30年度 全体公開

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掲載映像の紹介

①本丸御殿復元へNo.1(3min25sec)

名古屋城築城とともに藩主の住居および政務をおこなう場所として建築された、本丸御殿の歴史を映像で紹介しています。

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